News Letter No.11(冬季号) 2009年12月1日

第3回日本思想史学会奨励賞を受賞して(昆野伸幸)

このたび第3回日本思想史学会奨励賞を受賞しました昆野伸幸です。今回の受賞は大変光栄なことで、とてもうれしく感じています。とくに前回が受賞者なしという結果に終わり、安易に受賞者を出さない硬派な賞と思っていましたので、なおさらその感は強いです。まずは応募に際し、推薦状を執筆してくださいました白山芳太郎先生をはじめ、選考に当たられた先生方に対し、深く感謝申し上げます。

正直なところ、拙著『近代日本の国体論――〈皇国史観〉再考』(ぺりかん社、2008年1月)が受賞に値するほどの高い評価をいただくとは予想外でした。視座の有効性や完成度などといった内容上の評価については当然のことながら、それ以上にテーマがテーマですので、書名を見た時点で眉をひそめる方も決して少なくないはずです。それでも拙著が評価された背景には、時代の変化という非常に恵まれた要因があったと思います。

思い返しますと、私が大学院に進学した20世紀も終わろうかという頃は、日本思想史学会でも近代思想史を専攻する方は今ほど多くはありませんでした。まして大川周明や平泉澄といった対象を研究することには様々な困難がつきまとい、私自身が右翼と見られることも一再ならずありました。

しかし、21世紀になって以降、とくに近年ではかつてと様相が異なり、近代政治(思想)史、あるいは教育史、史学史の領域において日本主義、国体論、皇国史観などを扱った実証的な研究業績が続々と発表されるに至りました。このような変化は、冷戦の終焉を背景とするいわゆる戦後歴史学の再考という大きな流れと無縁ではないでしょう。

私の受賞は、100パーセント実力によるというよりも、半分くらいはこのような追い風がうまく作用した幸運によったものと認識しています。今後は、単なる便乗派と思われないよう、受賞に恥じないより良い研究を積み重ねていきたいと思います。

最近は、これまで取り組んできた大川周明、平泉澄の国体論とは少々趣きが異なる神道的国体論の問題、すなわち「国家神道」の問題に挑戦しています。歴史学や宗教学の領域から多様なアプローチがなされ、一筋縄ではいかない難しい対象ではありますが、一歩一歩少しずつではあっても着実に「国家神道」の実態に迫り、以て国体論の全体像の解明に資したいと考えています。

これまで研究を重ね、まがりなりにもその成果を拙著にまとめることができましたのは、多くの方々から厳しくも温かいご指導・ご鞭撻を賜ったおかげです。このたびの受賞は、そのような方々のお力添えがあってのものと思います。今後も精進していく所存ですので、どうぞこれからもご指導のほどよろしくお願い申し上げます。

以上、受賞に当たりまして関係各位にお礼申し上げますとともに、つらつら感じていたことを述べさせていただきました。やや冗長となりましたが、これをもちまして受賞の挨拶とさせていただきます。

第3回 日本思想史学会奨励賞授賞について―選考経過と選考理由―(会長 辻本雅史)

【第3回日本思想史学会奨励賞受賞業績】(五十音順)

○昆野伸幸(東北学院大学非常勤講師)『近代日本の国体論:<皇国史観>再考』2008年1月、ぺりかん社刊

【選考経過】

第3回日本思想史学会奨励賞は、ニューズレターおよびホームページを通じて公募を行い、応募は1点(単行本)であった。それに学会誌『日本思想史学』第39号、第40号掲載論文で資格規定を満たした論文のなかから、同誌編集委員長の推薦になる論文5点(第39号2点、第40号2点)を加えて、合計6点を対象に選考を行った。

選考委員による査読結果にもとづいて第一段審査を行い、その結果にもとづいて、委員全員で慎重に審査を行った結果、全会一致で、上記の授賞が決定した。

【選考理由】

本業績は、大正期から1952年にいたるまでを対象に、おもに平泉澄と大川周明の思想を取り上げ、当該期における新旧二つの国体論の相克する諸相に着目することを通して、<皇国史観>の展開とその全体像を、実証的に解明している。

これまで内実を十分に検討しないまま保守固陋の画一的イメージを付与され「皇国史観」とよばれてきた思想を、テクストの内在的な理解を重ねることで、その内部に、対立や多様な方向性・可能性のあることを見いだし、<皇国史観>を動態的に把握するとともに、それが日本の総力戦体制といかに関わっていたかを解明することに成功している。

本業績は、問題設定の明確さ、史料の発掘の広範さとその精密な解読による具体的な実証の確かさ、論述の明晰さ、問題射程の大きさ、いずれにおいても高いレベルの達成度にあると、高く評価される。総じて、大正・昭和期の歴史思想・政治思想を多面的かつ実証的に解明するとともに、現代の歴史認識にまで再考を迫るスケールの大きさと独創性をそなえた業績であり、本学会の奨励賞受賞にふさわしいと判断された。

2009年度大会を終えて(大会実行委員長 片岡龍)

汗ばむくらいの陽気に恵まれた10月17日・18日(土・日)の二日間、2009年度日本思想史学会大会が、東北大学で開催されました。参加者数は会員が151名、一般参加は数えそこねましたが、私の顔見知りだけでも会場に10人ほどいたので、スタッフとも併せると総計200名弱くらいでしょうか。倫理学会、朝鮮史研究会と日程が重なったことを考えると、まずまずの盛会だったと言えそうです。皆さまのご協力に、感謝申し上げます。

今年度は、大会に先立ち、大会委員会の特別企画として映画上映(『映画 日本国憲法』)が行われました。「シンポの理解に役立ちよかった」との感想も多くありましたが、実は会員の参加はさほど多くありませんでした(約60名)。これは上映が10時からで遠方の会員が参加しにくかったことと、そもそも思想史研究におけるメディア表現の位置づけに対する共通認識が十分熟していなかったことが理由のようです。今後に課題を残しました。

一日目午後は、「日本思想史からみた憲法−歴史・アジア・日本国憲法」をテーマとした公開シンポジウムでした(参加者数、会員120名)。大久保健晴会員・浅野豊美氏(学会終了後、会員)の高い学術性・独創性を兼ね備えた重量感ある報告、樋口陽一氏・岡本厚氏の深い教養・現場への情熱に裏打ちされた広がりのあるコメントを中心に充実した議論が展開し、「意欲的」「刺激的」なシンポだったとの好意的な感想が多く寄せられました。膨大な時間の事前打ち合わせにご協力してくださったシンポリストの方々、真摯な態度で議論を見守ってくださった会場の皆さまに、改めて感謝申し上げます。

二日目は、古代・中世4、近世13、近代19、総計36の個別発表と、在宅ホスピス・『朝鮮史』をテーマとした2つのパネルセッションが行われました。今回は4会場設けたのですが、そろそろ時代別の部会設定は難しくなっているようです。会場数を増やしたことで、「聞きたい発表の時間帯が重なって残念だった」という声もありました。会場費が馬鹿にならないという経費上の問題もあり、今後の抜本的な対策が望まれます。

プログラムに司会者名を記載したことは好評でした。音声による記憶が困難で口頭会話に障害をもつ発表者の方が、事前に司会者と相談することで、安心して発表に臨めたという例もありました。司会を担当していただいた方々にはご負担をおかけしましたが、若手(大学院生が三分の二)の専門実証と、司会の経験豊かな学識がうまく融合した、実りある研究発表の場となったと自負しています。パネルも画期的な内容で、研究意欲を大いに促進しました。

一方、「今後は発表基準を設け、中堅研究者に司会や発表を依頼すべき」との意見も寄せられました。女性会員の発表数も、依然として伸び悩み傾向です。そもそも発表20分、質疑応答10分という時間枠は、研究の細分化、発表数の増加、研究者の資質の多様化という現状にそぐわない面もあるようです。人文社会科学におけるよりよい研究発表の方式を、予算の範囲内で考えることは、創意工夫しだいで決して不可能事ではないと思います。まずは現状の問題点の総合的な調査のために、中堅研究者が中心になってワーキンググループを立ち上げるのも一つの手かもしれません。

大会運営に関しては、総じて「細やかな」との好意的な評価を多くいただきました。目標としていた「大人の学会」の魅力をいくぶんなりとも伝えられたとすれば、これにまさる喜びはありません。これはひとえに実際の準備の中心となってくれた東北大助手の桐原健真さん、院生の岡安儀之さんの老舗旅館女将なみの活躍によるものです。また大会委員長の佐久間正さん並びに辻本雅史会長には、他委員会との調整などにおいて一方ならぬお世話になりました。当方の行き過ぎや不備を暖かく見守りながら、要所要所を締めていただいたお蔭で、安心して大会運営を行えました。この場を借りてお礼申し上げます。

日本近代を捉える視点―2009年度大会参加記―(本郷隆盛)

寄る年波で出不精になり、この数年間、大会に参加することもなく、「引きこもり」状態にあったが、今回は久しぶりの仙台での大会でもあり、2日目の「司会」を依頼されたこともあって、2日間ずっとお付き合いさせて頂いた。

今回の大会テーマは、「日本思想史からみた憲法―歴史・アジア・日本国憲法」といういささか挑発的なテーマであった。はじめに「映画 日本国憲法」の上映があり、昼休みを挟んで二本の刺激的な報告が行われた。30年前、私が仙台に来た頃は、講演会といえば「おエライさん」の話を有り難く拝聴するという会が多かったが、今回は、新進気鋭の若手研究者が、その研究成果を関係学会に「お披露目する」という風であり、大変意欲的な報告であった。

歴史研究の厄介さは、それが過ぎ去った過去を研究対象としつつも、同時に現在を生きている同時代の人に対して、何らかのメッセイジ性を持たなければならないということにある。すなわち、その話を聞く者は、すでにいまは亡き過去の人ではなく、現在を行き、未来を展望しようとする人であるということである。換言すれば歴史の研究とは、過去を素材にしつつも、同時に現在への働きかけであるということであり、研究者は、自分が生きている現在との緊張関係を保持しつつ、歴史的な過去を研究し、過去を、現在および未来に向けて甦らせる作業をしなければならないのである。だが今回の2報告はその点で期待を裏切らないものであった。大会責任者の労を多としたい。

大久保健晴「小野梓と法典編纂の時代ーー「国憲」と「民法」をめぐる歴史的淵源からの問いーー」は、小野梓がイギリス留学から帰国後取り組んだオランダの法学者、ハウドスミットの「羅瑪律要」を纂訳しつつ、当時自由民権運動において支配的であった植木枝盛ら、フランス流の「天賦人権論」を批判し、イギリス流の「人間交際上の権利自由」を主張したこと、また「国憲汎論」においては、日本の法的伝統のうちに「民権の命脈」を見いだすとともに、立憲政体の構想の先に、「独立自治の精神」に基づく新たな「衆民自治」の法的伝統・政治文化の創出を企図し、立憲改進党の政策理念を体現したという。私が強い印象を受けたのは、小野が国憲論を議論しつつも、「民人自治の気象」を重視し、「衆民自治」に根ざした民法の世界を、日本の法的伝統の中に求めようとした、また「私法」が「公法」を規定し直すとの指摘である。2番目の浅野豊美「折りたたまれた帝国としての戦後日本と東アジア地域形成」は、近代以降の民族と民族との協同、協和、共存のあり方を歴史的に問うものであり、具体的には、近代日本における「「帝国法制」の形成、展開、解体のあとを、政治過程、法システムの構造変化、民族感情・心理などを中心に分析しようとするものであるが、この分野における最近の研究に疎い私にはとても斬新な印象を受けた。「折りたたまれた帝国」との表現は、戦前の日本帝国主義は、今なお見えない〜隠された〜形で続いているとの認識からくるものなのであろう。国家間、民族間の微妙な関係と、国民、被植民地人、帝国臣民の違いに踏み込むなど現在に通じる方法を提示している。今後の課題として「地域主義と帝国主義との峻別・分析の可能性」について触れているが、この問題はここ10年ぐらい前から言われている「東アジア共同体」構想についても当てはまることであろう。政治・経済・文化いずれにおいても「非対称的」な、東アジアにおける国家・民族が、いかにして共同の利害関係を構想できるのかは今後いっそう問題になり続ける課題であろう。問題意識と、明快な方法の提示に強い印象を受けた。この後、二本の報告に対する樋口陽一氏、岡本厚らのコメントと応答については省略。

2日目は、3つの会場においてそれぞれ10本ずつの報告が行われ、また第4会場では、個別報告とともに「在宅ホスピスの現場における日本思想史の可能性〜「病院死」を選択する日本人〜」、「植民地朝鮮における他者表象:『朝鮮史』編纂と近代学術知」の二つのパネルセッションがもたれた。

今年の7月、勤務校の付属図書館で、社会科の教科書展示が行われ、私はその責任者として、近代関係の社会科教科書の解説と全体の概観を書く羽目になった関係で、今回は近代関係の報告を中心に拝聴した。その中で当然のことながら、「国体論」に関わる報告が何本かあった。近代における「国体論」は、日本思想史の中でももっとも厄介な問題の一つである。それを明らかにするためには、「国体論」の具体的な存在態様を明らかにするだけでは充分ではない。問題はそれをどの様な文脈で捉えるかである。その点に論ずる者の力量が問われるのであろう。どうしたらそれが可能になるのか、それは他人事ではなく私自身の課題でもある。

ともあれ、日常的に勉強不足の私には、今回、若い研究者諸兄の意欲的な報告を聞くことができて大変有益であった。報告者諸兄及び大会関係者のご努力に感謝申し上げる次第である。

編集委員会より

『日本思想史学』第42号から投稿が改定されました。こちらをご参照ください。熟読された上でご投稿ください。

大会委員会より

2010年度大会は岡山大学を会場に、2010年10月16日・17日の開催を予定しております。

大会シンポジウムの内容、パネルディスカッション・個別発表の受付等については、ニューズレター夏季号(来年7月発行予定)でお知らせするとともに、会員の皆さまには郵便にて直接ご案内申し上げます。

第4回日本思想史学会奨励賞募集要領(2009年12月1日 日本思想史学会)

「第4回日本思想史学会奨励賞」の選考対象となる業績を募集します。こちらをご参照ください。奮ってご応募ください。

寄贈図書

(前号発行以降寄贈分)

ニューズレターのホームページでの配信について

従来はニューズレターを紙媒体で会員にお送りしましたが、会費や紙資源の節減を鑑みて次号からホームページ上にてニューズレターを配信することとなりました。メールアドレスをお持ちの会員にはメールにてニューズレターの配信をお知らせします。メールアドレスをお持ちでない会員、または従来通り紙媒体での発送をご希望される会員は、2010年1月末日までに事務局までご連絡ください。

会費納入のお願い

2009年10月をもって日本思想史学会は2009年度に入りました。請求金額をお確かめの上、2009年度の学会費を同封の郵便振替用紙にてご納入願います。お支払いいただく金額は同封の請求用紙に記入してあります(なお大会事務局の振込用紙は使用出来ませんのでご注意ください)。

3年をこえて会費を滞納された方は会則第四条に基づき、総務委員会の議をへて退会扱いとさせていただくことがありますのでご注意ください。

過去2年分の会費を滞納された方には学会誌『日本思想史学』第41号(2008年度分)をお送りしておりません。会費納入の確認後に送らせていただきます。

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新入会員一覧ほか、一部ホームページ上の「ニューズレター」には掲載していない情報があります。

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